静物画  Still Life Paintings

 

大石 慶彦《独楽と天秤》2017年、アクリル、鉛筆・紙 297×210㎜

 

父方のルーツであるかも知れない武家の大石氏について、ネット上の家系図などを色々と調べてみると、「新羅系の秦氏」という答えらしきものに、何とかたどり着くことができました。

 

武家の大石氏は、中世時代に旧武蔵国を治めていたらしく、現在の東京都八王子市や埼玉県志木市に城を構えていたようです。

 

志木という地名の語源は新羅(しらぎ)で、武家の大石氏のかつての居城であった「柏の城(かしわのじょう)」跡がありますが、柏という字も興味深いことに(白+木)で白木(しらぎ)になります。

 

すぐ側には、桜の希少種である長勝院の「旗桜(ハタザクラ)」がありますが、「秦桜」とも読むことができ、ここから私の父方の祖先は「新羅系の秦氏」だろう、との結論に至りました。

 

埼玉県の県章は、16個の勾玉ですが、勾玉は朝鮮半島でも出土しています。埼玉県には上記の古代朝鮮の新羅にまつわる場所の他に、「高麗(こま)神社」のある高句麗にまつわる場所もあります。

 

上の絵の回転して自立する、軸を持った「独楽(こま)」の名称は、「高麗(こま)」が由来です。そして、大阪と奈良の府県境にも「生駒(いこま)山地」があり、生駒山上の宝山寺には「聖天(歓喜天、ガネーシャ神)」さんが祀られています。

 

埼玉の高麗神社のすぐ側にも、「聖天」院があり、すなわちインドのヒンドゥー教の神様である「ガネーシャ神」で繋がっていることが分かりました。

 

私の父方の祖先は、武家の大石信重→木曽義仲→源満仲と遡って「新羅系の秦氏」の渡来人で、上の絵では象として描いている「聖天さん」や「勾玉」が示唆するように、ひょっとしたら古代インドの「十六大国」時代の「マガダ国」から、中国大陸そして朝鮮半島の高句麗や新羅を経由して、日本列島にやって来たのかも知れません。

 

天秤のお皿に載せられた2つの勾玉は、道教の「太極図」を表しています。また、天秤は天竺すなわちインドを現わしています。あるいは、私の両親の両祖先を表現しているのかも知れません。

 

私の母方の祖先は藤原氏で、藤原不比等まで遡れます。不比等の父は中臣(藤原)鎌足で、大阪府四條畷市の忍ヶ丘駅の近くにある「忍陵神社」の主祭神として祀られている中臣鎌足の父は、実は聖徳太子であるという説もあります。さらにその祖先は、徐福や秦の始皇帝まで遡れるみたいです。

 

古代インドの「十六大国」時代のマガダ国に、「シュンガ朝」という王朝があったようです。「シュンガ」を漢字に直すと奈良の「春日」や静岡の「駿河」となり、ちょうど前者が藤原氏ゆかりの土地で、後者が大石氏ゆかりの土地であることに気がつきます。

 

「シュンガ朝」の首都は「パータリプトラ(華氏城)」で、現代のインド・ビハール州のパトナという所です。「十六大国」時代というのは、ちょうどインドの二大叙事詩の1つである『ラーマーヤナ』の時代に当たります。王様は代々、ミトラ教を信仰していたようです。

 

この文章を書いている私自身、まだ半信半疑な思いも正直に言って持っていますが、いずれ考古学の進展により真実が明らかになることが期待されます。

 

私自身も、微力ながら、世界人類の平和のため、黄金時代の到来のためのお役に立てれば幸いです。

 

(最終更新日:2017年11月10日)