日記

日記 · 24日 1月 2018
昨日の朝に書いたブログ記事に、「言葉の道」のデイサービスの車のことを書いたのですが、そしたら奇遇にも2回も「ことばの道」の当該の車に出くわしました(笑)。 シンクロニシティというのは、このように日常茶飯事で起きるもののようで、こうしたポジティブな現象が立て続けにあることでシンクロニズムの波に上手く乗っていると感じるようになりました。 楽譜のページで、新たに「天の川」の楽譜のPDFファイルを追加しました。今後も、少しずつ過去の楽譜をデジタル化して追加していきます。 今年は、私にとって「仕事の年」になりそうな予感がします。こうしてブログ記事を書くのもそこそこにして、本業の画家としての活動をそろそろやっていこう、つまり絵をそろそろ描き始めよう、と思っています。 アウトプットとしてのブログの更新頻度は、文学・小説の読書などインプットをもっと増やしたいため、これからは少なくなりそうですが、ホームページの更新自体は楽譜ファイルの追加など今後も続けていきます。 最近読んだバシャールの本の中で、「最大限、自分自身でいることが、他人を助けることにつながる」という言葉が、とても印象に残りました。
日記 · 23日 1月 2018
ゲーテ名言に、「形作れ!芸術家よ!語るな!ただ一つの息吹だにも汝の詩たれかし」とあります。 私は芸術家なのに、そのゲーテの名言に反してブログで実に多弁に語っていますね。これは反省しなければなりません(^_^;)。。。 芸術家というのは、脳の構造が特殊という事からしても、生まれつき話術系の人達のように言葉のプロではなく素人なので、誤解を招きやすいからあまり語らない方が善い、という意味なのかも知れません。 私は学校時代に、英語や数学や物理の成績が低かったから、そればかりに力を入れて、肝心の母国語を疎かにしていました。英語など、芸術系の私はABCの3段階のレベルで言えば、簡単な英会話のCレベルで充分だったのですね。私は日本語の語彙が、とりわけ人の心にまつわる文学的な語彙がまだまだ不足しているように感じます。 昨日は、散歩している時に「言葉の道」と書かれたデイサービスの車が目の前を走っていましたが、日本語は実に奥が深く、一生かかってもマスターし切れないのでは、と思う程です。 昔はビジネス書など硬派な本ばかり読んでいましたが、これからは軟派の文学を多く読みます。
日記 · 22日 1月 2018
「蓮の花」という、フルートとアルト・フルートの二重奏の音楽作品のMP3ファイルと楽譜を、たった1部しか残っていない紙の楽譜を頼りに復活させました。まさに、作品が消えるか残るかの、綱渡りの復活です! メンデルスゾーンは、紛失した自作曲の楽譜を音の記憶だけを頼りに復活させたらしいのですが、流石に私はそこまでの芸当はできません。。。でも、似たような事を自分もやっているのがとにかく面白いです。 今後、自分自身の体調と相談しながら「春日の道」などの楽曲や楽譜をデジタル化して文芸復興、ルネッサンスをしていきます。 電磁波アレルギーが治らない病気だと思い込んでいた時に、自作曲のネット配信を一旦は諦めて取り下げましたが、利用時間に気を付ければある程度は回復する病なのだと体験的に理解してから、こうして自らの音楽作品を蘇生させる事が出来ています。 聴いてみると、当初の原曲と比べて少し音符のズレがありそうですが、そうした箇所を音楽ソフトで修正して更新していく予定です。 春が近づくと、絵も描きやすくなってくるので、また取り掛かろうと思います。 追記:音符の1ヶ所の誤りを発見したので、修正しました。
日記 · 19日 1月 2018
願い事が叶う椅子、として知られている「サターンの椅子」が、神戸の北野の異人館にあります。 私も、過去に2回座って2回とも願い事が叶っています。まさに奇跡の椅子だと今でも思います。 1回目は、就職ができますようにと願い事をしたら、1週間後に当地のホテルの清掃業に採用されました。 2回目は、画家になれますように、とお願いしましたが、現在見事に画家になれています。 さて、ここからは私が30代前半の時に神戸の北野のホテルで6ヶ月間、働いていた時の話。 初めは、20代の中国人就学生と共にベッドメイクの仕事を担当していましたが、30代で動きの遅い私は途中からゴミ回収の方に回されました。 エレベーターを使いながらの仕事で、多くの時間を共にするリネンの業者の方から色々と教わりました。 中でも、客室から出るゴミの袋の中から稀に宝石のような貴重品が出てくることがあるから、連絡があればチェックしておいて、という指導を受けたときにはビックリしました。 ホテルでの仕事は、半年とはいえ実に内容の濃いものでした。そこから実践的知識を少なからず得られています。 画家としても、数多くの学びがあります。
日記 · 18日 1月 2018
段々と気候が春らしくなってきており、痩身で寒さが苦手な私にはとても助かります(^ ^)。 近頃は、近所のスーパーなどいつになく労働市場が売り手市場のようで、品出しアルバイト大募集と大量のチラシが置かれているのを見かけます。察するに、余程人手が足りないのでしょう。セルフレジは導入しないのでしょうか? 神戸に来て23年が経ちますが、これ程人手不足を感じさせる現象は初めてです。これなら、就職氷河期世代の私でも応募すれば簡単に採用されそうな気がします。 ただ、私の場合は本業が画家でしかも電磁波アレルギーの持病持ちなので、身体の細胞のすべて入れ替わる6ヶ月ぐらいは、パソコンやネットなど近代文明の利器の利用を画家の仕事のための必要最低限にして、スーパーの品出しのような副業アルバイトは電磁波過敏症が治るまでは控えた方がよさそうです。 音楽院で実際に聴いた話では、音楽家は日本のみならず欧州など外国でもアルバイトをしながらの兼業の音楽家が少なくないようです。クラシック音楽界は、掛け持ちをしないと専業では中々食べていけないみたいです。 地域での孤立を防ぐには、兼業も良いかも。
日記 · 16日 1月 2018
絵画と音楽は、どちらも好き且つ得意な分野ですが、これまでの周囲の人達の反応を考慮すると、私は本業が画家という事で善いように感じられます。 作曲家のメンデルスゾーンは、趣味として水彩画を描いていましたが、その作品をウィキペディアで観ると、画家と言えるほどのプロ並みで驚きました。絵画と音楽には、同じアートとして相通じるものがあるようです。 私の場合は、電磁波過敏症なのでパソコンをよく使う作曲よりは相対的にアナログの絵画の方が仕事がし易いです。それなので、今後新たにパソコンのソフトで作曲するという事は、電磁波アレルギーが治らない限りないでしょう。とは言え、やはり過去の作品についてはできる限りレガシーとして残したいと思っています。 何はともあれ、私は画家になるように運命づけられていたのかも知れません。 最近に遊んでいる、ビデオゲーム作品にも画家が登場するらしいのですが、どんなキャラか楽しみです。 音楽も絵画もその他の芸術に関しても、アーティストとは魔女みたいなもので、芸術作品とはその魔女が使う魔法のようなものなのかも知れません。 追記:HPの文章を絵が映えるよう簡明に要約しました。
日記 · 09日 1月 2018
1994年に神戸に引っ越しして来てから、もう23年の歳月が経ちます。 私は自分の意思で神戸に引っ越したい、と思って引っ越したわけでは無いので、親とりわけ母親の希望が強くて神戸に来させられた、という感じです。 母は本当に日野富子のような男らしい性格の人で、血統的にも公家の日野家と言うから、過去世でその人物だったかも知れず興味深いです。私はその子供の足利義尚だったりして。。。 もう1つ、私の前世として考えられるのが宮本武蔵です。大阪の交野にいた青年時代は中学・高校と運動部のバドミントン部でずっと試合ばかりしていました。殆ど負けてばかりでしたが、試合での数少ない勝ちで今でも記憶に残っている対戦相手が「宮本」という姓の人でした。 近所にも武蔵谷という地名があって、高校時代にはそこを毎日通っていました。これも不思議です。そして、父の実家の番地が「634」なのだから、たまげます(苦笑)。 まあ、過去世ないし前世にはあまり囚われないように気をつけています。今世が一番大事なので。 克己即ち「武蔵を超えるのは、武蔵だけ」で、昔の自分が今の自分のライバル且つ友です。
日記 · 07日 1月 2018
近くのコンビニに、まるで私に買ってほしいと言わんばかりに新海誠監督のアニメ映画『君の名は。』のDVDがずっと置いてあって、今年の正月に放映されていたのを見逃してしまったこともあり、そのDVD作品をとうとう買うことに決めました。 物・商品との縁、というのもあるのかも知れません。私自身に必要と思われる情報や品物は、こちらから取りに行かずとも、不思議と向こうからシンクロ的にやって来る、ということがあります。 最近は、電磁波アレルギーがぶり返してまだ視聴できていないのですが、症状が緩和され次第また観ようと思っています。 「前前前世」という、思い切りスピリチュアルな題名の曲も、今では家電量販店でも普通に流れているくらいに流行っているので、科学の時代が霊性の時代へとすっかり変わったのかなと感慨深くなります。 近年は、小学生あたりで大人を驚愕させてしまうほどの日本人の天才少年・少女が沢山生まれて来ているようで、実に頼もしく思っています。 それにしても、「前前前世」というタイトルは、過去世ないし前世が時系列で連綿と、複数に渡って繰り返し生まれ変わる、ということを示しているような感じがします。
日記 · 06日 1月 2018
昨年までは、複式簿記の形式で自作の1冊のノートに几帳面に記帳して小遣い管理をしていました。 今年から、市販の単式簿記の形式の家計ノートに代えて、驚くほど心身の疲労が軽減されました。脳も身体もとてもリラックスしています。 やはり、不得手なところはロボットやAIやそれが得意で才能がある人に委任した方が良いですね。1円単位の細かい所まで気にすることもなくなり、完璧主義の固定観念が外れたようで、世界観が変わったような感じがします。 最近は抽象画で、葛飾北斎のようにコンパスや定規を使って神聖幾何学のような抽象画を手描きで描いています。 描いていて気がついたのですが、幾何学図形を手描きで描いていると絵から「気」のようなものが出ているのを感じます。 また、幾何学図形以外の人物画やその他の花鳥画・風景画など、原画であっても複製であっても何か高尚なスピリットが宿っているのでは? と感じることもしばしばです。他の芸術作品もそうですが、絵画もまたスピリチュアルな媒体になっているのかもしれません。 作曲については、「神在月」を改題した「天の川」という過去の音楽自作品を復活させてアップする予定です。
日記 · 31日 12月 2017
2018年は、本業の画家の仕事をメインに、過去の自作曲の音楽配信も少しずつすすめて行きます。 さて、大晦日といえば私の家は年越し蕎麦を毎年食べています。 数年前にコンビニで働いていた時に、年配の男性のお客様から「お屠蘇はありますか?」と聞かれたことがあります。 初耳だったので、当時は戸惑いました。コンビニの店内にはそのような品は置いてなかったので「すみません、うちには置いていないです」と答えるので精一杯でした。 後から辞典で調べて、正月に日本で伝統的に薬としてお屠蘇というお酒を飲む習慣のある家が少なくないことがわかりました。平安時代の嵯峨天皇の時期から続いているみたいです。 肉桂とか桔梗とか、色々な漢方薬を配合するようで、お酒ではなく味醂に入れることもあるらしいです。 我が家にはそのような習慣はありませんでしたが、コンビニで試用期間の三ヶ月とはいえ、働いたことでそうした日本文化の一部を知ることが出来ました。 母方も父方も、伝統文化らしい物事がすっかり失われていますが、そのうちの幾つかでも復活させて和の文化力を高めていこうと思っています。

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